 |
御誕生
宝亀５年（774）６月15日、讃岐国多度郡屏風ヶ浦（香川県善通寺市）。父、佐伯直田公。母、玉依御前の間に弘法大師空海、幼名真魚（まお）様はお生まれになりました。
ある夜、寝ておられた母公は、インドの高僧が西方より飛来し、自らの体内に入るという不思議な夢をみられました。
そして、大師を御懐妊なさったのです。
そのインドの高僧とは真言密教第６祖である不空三蔵であり、大師は不空の生まれ変わりであると考えられます。 |
 |
捨身誓願
大師は父母の慈愛の中に育たれ、その名声は「賢者（かしこもの）」としてしれわたりました。
神仏への帰依すること甚だ深く、幼少の折より、泥をこねては仏像を造り、安置して至心に手を合わせられました。
７歳になられた大師は、自分が衆生の済度に必要な人間かどうかを仏に問われ、近くの険しい崖（捨身ヶ嶽）より身を投げられました。
木の枝に掛かり助かった大師は、改めて仏様にお仕えし、衆生の救済に励むことをお誓いになられました。 |
 |
大学での勉学
叔父でもある当代きっての学匠であった阿刀大足は大師の非凡なる才能に気付き、自らのもとで勉学に励ませました。
15歳になった大師は、難関である京の大学、明経科に見事合格され、その学才には当代随一の博士達も驚くほどでありました。
しかし大師は、大学での立身出世のためだけの学問に苦悶され、次第に虚空にひろがる衆生を済度しようとする仏教の広大なる教えに惹かれはじめました。 |
 |
出家得度
大学を辞された大師は、畿内や四国の野山を回って修行され、殊に土州（高知県）室戸岬では求聞持法（ぐもんじほう）の修行の末、明けの明星が体内に飛び込むという奇瑞を体験されました。
ついに大師は、20歳をして出家得度される決意をされました。
和泉国（大阪府和泉）槙尾山寺において、南都西大寺の勤操大徳を戒師として出家得度し、仏門に身を投じられました。
|
 |
『大日経』の感得
出家された大師は、室戸岬にての奇瑞や、その体験にて得た大宇宙の息吹を教える経典を探されます。しかし、それは困難を極め、なかなか意中の経典にめぐり合うことはできませんでした。
23歳のとき、すがる気持ちで篭られた大和国（奈良県）東大寺の盧遮那仏（大仏様）の夢告にしたがって、久米寺の東塔より、真言密教の根本経典である『大毘盧遮那成仏神変加持経（大日経）』を手に入れることができました。 |
 |
入唐求法
『大日経』を手に入れたものの、その内容たるは目を驚かすもので、当時のわが国にその教えを余すことなく授けてくれる師は居ませんでした。そこで大師は、遥か荒波を超え、その師の法をを求めて唐（中国）へと渡ることを決心されました。
31歳にして、遣唐使留学僧として対馬福江の玉之浦を出向されましたが、まもなく嵐に遭遇。全４船団のうち２艘は遭難沈没ましたが、大師の乗られた第四船は34日の漂泊の末、何とか福州の赤岸鎮に漂着されました。
ちなみに、生き残れしもう１艘に日本天台宗の祖である最澄が乗っておれらました。 |
 |
青龍寺、恵果和上との出会い
赤岸鎮に漂着した大師一行は、当初正式な遣唐使節と認められませんでしたが、大師の見事なる奏上により誤解が晴れ、晴れて唐の都長安（西安）に入京することを許されました。
先ず大師は、般若三蔵等についてインドの梵字を会得。ついに真言密教第７祖である青龍寺の恵果和上（けいかかしょう）に師事しました。
一目大師を見た恵果は、来るのを今か今かと待っていたことを告げ、「大いに好し、大いに好し」として、速やかに壇上を荘厳して曼荼羅壇に入るように告げました。
そこで大師は曼荼羅壇にて得仏するや、胎蔵金剛の両部ともに大日如来を指し「遍照金剛」の潅頂名を授けられました。
ここに、「瓶水を移すが如く」に密教の教えを余すことなく大師は恵果和上より授かり、真言密教第８祖となりました。 |
 |
恵果和上、追悼の碑文
大師に密教の全てを授け終わると10日を待たずして恵果和上は入滅されました。
大師は悲しみに暮れ、仏前にて瞑想していると、そこに恵果和上の御姿が現れ、「大師が我が師である不空の生まれ変わりであるように、今度は自分が大師の弟子として生まれ変わり、絶えず密教を広めていく」ことを明かされました。
千人以上にも及ぶ弟子を代表して恵果和上の追悼碑文を書くことになった大師は、その中で密教を求めやってきた求法の旅を、「虚しく往きて、実ちて帰る」と記され、恵果という師に出会った感謝の気持ちを表現されました。
また、大師は書の達人としても知られており、唐の皇帝は「五筆和上」として尊ばれました。 |
 |
飛行の三鈷
恵果和上より、速やかに日本へ帰って密教を広めることを託された大師は、遣唐使留学僧20年の留学期間を破り、僅か２年で帰国を決意されます。
しかし、もしその時に帰国されなければ、次回の遣唐使は40年以上も後のことであり、大師の帰国は叶わなかったやもしれません。
大同元年（806）その帰国の折、明の港を出港する際に、大師は自分より早くわが国に帰り、密教の根本道場としてふさわしい土地を探すようにと、港より三鈷杵を東へ投げられました。その三鈷杵は五色の雲に運ばれて、いち早く日本へと飛んできました。
|
 |
帰朝
帰途も嵐に遭うものの、浪切不動の御加護を受けて、大師は無事に日本へと帰朝されました。
留学期限を満たしていないために、直ぐには入京を許されず、しばらく大宰府に留まることとなりました。
ようやく入京が許され、大師は自らが唐より持ち帰った経典や法具等を『御請来目録』として朝廷へ奏上されました。
それによって翌大同２年（807）、大師34歳のとき、平城天皇より「真言宗」の開宗の勅許を頂戴されました。 |
 |
清涼成仏
弘仁９年（813）大師40歳のとき、嵯峨天皇は当時の仏教各宗（南都六宗・天台宗・真言宗の８宗）に命を出し、清涼殿へと招いて各々の宗義を論議させました。
旧来の南都方は、三劫とうい果てしなく長い時間を経ての成仏を説いたのに対して、大師はこの身今生での成仏を説かれ、自ら身と口と意との三密加持によって、即身成仏の姿を示されました。
また、宗義を明らかにせんがため『秘密曼荼羅十住心論』を提出し、さらには『秘蔵宝鑰』を著されております。 |
 |
四国霊場
京にて朝廷の護持僧としての活躍、密教の教えの宣布に尽力される一方で、大師は民衆の済度へも取り組まれました。
民衆の苦しみを救わんがため各地を巡錫し、また密教の教えを広められました。
殊に、青年時代に山野修行された四国には、その足跡に堂宇が建立され、今の四国八十八ヶ所霊場の基ができたといわれています。
この大師の衆生済度は、つまり７歳にして捨身誓願されたものであり、その実践でありました。 |
 |
狩場明神（高野明神）
各地を巡錫されながら、大師は密教の修行をなし、また弟子たちの育成のため、「修禅の一院」を建立せんと、それにふさわしい地を探されておりました。
あるとき、大和国（奈良県）五条の紀ノ川の畔で、白と黒の２匹の犬を連れた狩人と出会われました。狩人は大師に「その求める場所は伊都の高野である」と告げ、２匹の犬に案内させたのでした。
この狩人とは、実には高野明神が姿を狩人に変え、狩場明神として姿を現し、大師を導いてくれたのです。 |
 |
丹生明神（丹生都比免）
２匹の犬に導かれ、高野を目指して大師は山道を登られました。
大師が天野までさしかかると、目の前に麗しい女神（丹生都比免）が現れました。ここで女神はこの高野の地を大師に授けることを告げ、自ら密教の興隆のために擁護となることを約束されました。
この丹生都比免（丹生明神）、またその子息である先の高野明神、ともどもに高野山開創の後は高野山の鎮守神として伽藍に勧請され、いまなお篤い信仰を集めています。 |
 |
高野山開創
丹生高野の両明神より高野山の地を頂戴された大師は、２匹の犬の案内のもと、高野山へと登られました。
そこは深山幽谷の地。東西に龍の如く水脈が流れ、ましてや、８つの峯に囲まれた、蓮華の台のような浄土であり、まさに修禅の道場を建立するのにふさわしい霊地でございました。
伽藍の建立にかかられた大師は、大工たちが夜な夜な枝先を光らせる霊木があって恐れていることを知らされます。
大師がその松の枝先を見ますと、そこには大師が唐より投げられた三鈷杵が引っ掛かっていたのです。
まさに高野山は、密教修禅の道場としてふさわしい浄土でありました。 |
 |
秘鍵大師
弘仁９年（818）大師45歳のとき、全国各地で疫病が流行し、老若男女が病魔に冒されてしまいました。心を痛められた嵯峨天皇は、大師の勧めにしたがって『般若心経』を奉写されました。
そのうえで大師は、御前において『般若心経』を密教の立場での講義（『般若心経秘鍵』）を示されました。
すると疫病は直ちに静まったといわれます。
|
 |
万濃池
弘仁11年（821）、大師は勅命を受けて讃岐国（香川県）の治水工事にとりかかられます。
讃岐国は大きな川がなく、作物を作るにも水が無いありさま。加えて、山々に雨が降るならば、その水は一気に谷を馳せ下り、毎年のように川は氾濫しておりました。
何度も、治水工事がこころまれましたが、その度に洪水によって失敗しておりました。
大師は、唐より持ち帰った技術を駆使し、わずか１ヶ月の間に「万濃池」を完成させました。
それ以来、「万濃池」は今なお決壊することなく、讃岐平野は潤いの地となりました。 |
 |
東寺
弘仁14年（823）大師50歳。
嵯峨天皇より京の東寺を拝領されました。それまで東寺は諸宗兼学の寺院でしたが、それ以降「教王護国寺」として真言密教の道場となり、鎮護国家が祈られました。
|
 |
応天門の額
大師の達筆ぶりは都でも有名でした。
大師が応天門の掲げる額を書かれた際、どういうわけか「応」の字の点が一つ足りませんでした。
そこで大師は、再び筆に墨をつけて、門の下から額に向かって筆を投げられました。すると筆は見事に「応」の字に点を付け、額を完成させられたそうです。
見ていた諸衆は、感嘆の声をあげたといわれます。 |
 |
神泉苑の雨請い
天長元年（824）、大師51歳のとき、わが国は旱魃にみまわれ、作物が採れないどころか野山の草木までもが枯れ果ててしまいまい、庶民は疲弊を極めました。
大師は宮中の神泉苑にて７日間の龍神の祈雨法を修されました。
感嘆随喜した龍神は甘露の雨を降らせ、民衆に安泰をもたらしました。 |
 |
綜芸種智院
当時のわが国の教育機関とは貴族のためのもので、読み書きさえも貴族の子どもでなければ学ぶことができませんでした。
天長９年（832）12月、大師59歳のとき、大師は一般庶民の子ども達であっても、その意欲があるならば学ぶことができるように「綜芸種智院」を開設されました。
驚くことに、全ての学費は無料で、全ては貴族達の喜捨によって運営され、身分の隔たりなく全ての子どもたちが学ぶことのできる、我が国初の私立学校でした。
その中で、「いろは歌」などがつくられたともいわれています。 |
 |
後七日御修法
承和元年（834）、大師61歳の正月８日。７日間をかけて、宮中真言院にて鎮護国家・玉体安穏をいのる御修法を修されました。
これは、今なお東寺におきまして正月８日から７日間、後七日御修法として続けられています。
|
 |
御遺告
承和２年（835）大師62歳の３月15日。
大師は、高野山にて弟子たちを集め、来る21日寅の刻、御入定されることを告げられました。
悲しむ弟子たちに、自らの法を今後の拠り所とするよう教えられ、悲しむことはないと説かれました。
また、高野山を真然大徳、東寺を実恵大徳、高雄山を真雅僧正などと、後世までも密教の法灯を受け継ぐべく、御遺告なされました。 |
 |
御入定
承和２（835）年３月21日寅の刻、大師は遺告どおり、62歳の人命を閉ざし、高野山にて御入定なさいました。
大師のお言葉に、「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん」というものが残されております。これは生きとし生ける全ての一切衆生が、済度されるまでは救いの手を休めないとのお誓いの言葉です。
この誓いのもと、大師はいまだ、高野山にて御入定されております。 |
 |
御衣替え
延喜９年（921）、醍醐天皇の枕元に大師が御立ちになられました。
大師は、しばらく高野の岩陰にて禅定に入っているが、衣が傷んでしまい、新しい衣を頂戴したいとの旨を告げられました。
天皇は、すぐに東寺の観賢僧正をして新しい衣を下賜されました。
衣を携えて観賢僧正は弟子の淳祐とともに高野山奥の院の大師の御廟に入りました。
しかし中には霞が立ち込め、大師の姿を見ることができません。
そこで観賢僧正は、投地三礼し至心に大師に祈りました。すると霞が徐々に晴れて大師の御姿が現れました。
しかし淳祐には見ることができず、観賢僧正が淳祐の手を取り、大師の膝を触らせると、淳祐の手には御衣の御香の香りが移り、一生その香りが薄れることがなかったといいます。
その上で、観賢僧正と淳祐は大師の伸びた髪や髭を整え、新しい御衣を供養いたしました。
この「御衣替え」の儀式は今なお続けられ、現在は旧暦の３月21日、大師の旧正御影供に行われ、またその御衣は「御衣切れ」として小さく切り分けて参拝の方に授与されています。 |
 |
謚号
醍醐天皇は、新しい衣とともに「弘法大師」の大師号を下賜されました。
その際、観賢僧正等が帰るのを、大師自ら奥の院の無明橋まで出てお見送りになられました。
以降、「お大師さま」といえばとして「弘法大師」と言われるように、天下の信仰を集めております。
|